2013年02月25日

生誕〜

記憶にある半生を記す。

1,生誕

手元に母子手帳がある。
昭和37年3月28日水曜日午前2時15分
在胎月数 11ヶ月
加藤医院にて生まれる。 
4月9日に出生届が受理されていた。

豊島区駒込3丁目に住んでいたようだ。

全く記憶も無ければ聞いたこともない事実・・・
文京区に住んでいたのかと思ったw

本籍が文京区本駒込3丁目だから勘違いだったのか?

長男の初孫ということでたいそう可愛がられたと聞いたことがある。

さて記憶が出てくるのは幼稚園時代になるのだが、すでに駒込からは引越して港区港南の都営団地に移っている。
この団地は品川駅から徒歩10分くらい埠頭方面に歩いたところにある20号館まである結構大きい団地だった。
だったと言うのは、この団地今から10年ほど前に建て替えられており、昔の面影は全くない高層マンション群に変わってしまっている。
残る面影は小学校と中学校だけである。
この団地の19号館の312号室に住んでいた。19号館と20号館だけメゾネット式になっていて1階が6畳のダイニングと6畳のリヴィング、2階に6畳と3畳の和室という作りで風呂はない。風呂は団地内にお風呂屋さん(20号館の下)にあった。ちなみに19号館と20号館の1階部分はすべて店舗になっており医者、お菓子屋、乾物屋などになっていた。

この団地の中に保育園もあったのだが、芝浦幼稚園に通園。
この幼稚園は田町駅に併設されている芝浦小学校の中にあった幼稚園である。
なので都営バスを使って毎日通園していたのだ、当時のバス代は15円!(大人は30円)年少時代は母親が付き添っていたが年長からは一人で通園していた、もちろん同じ団地の同級生が居たのだがほとんど一人で通園していたと思う。

幼稚園の記憶は年長の時の学芸会で演じた笠地蔵のおじいさん役、主役ですよ!どうやってセリフを覚えたのかは全く記憶はないが、
ちゃんと出来て褒められた。年少時代は演目さえ覚えていないが、雀の役で茶色のタイツを履いていたのを覚えている。
おばあさん役の○がね○えちゃんはどうしてるかなぁ?・・・・運河のそばで定食屋をやっていたような微かな記憶。
細かい記憶はあまり無いのだが、同じ団地の友達だった大井くんとスカートめくりして怒られたやんちゃな記憶はハッキリ覚えてます!キリッ。

つづく
posted by cozy at 08:52| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | DIARY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック